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【尊厳Well-Kaigo】言葉がない看取り

【多言語ブログ/末尾に中国語、タイ語、英語の翻訳文を挿入しております】
【多语言博客/文末附有中文、泰文和英文翻译内容】
【บล็อกหลายภาษา/มีคำแปลภาษาจีน ภาษาไทย และภาษาอังกฤษอยู่ท้ายบทความ】
【Multilingual Blog / Translations in Chinese, Thai, and English are included at the end of the article】


生ききる人を支えるということ

今日のテーマは「言葉がない看取り」です。

「看取り」という言葉が、日本の介護においてどのように位置づけられているのか。そしてなぜ、今もなお“言葉が足りない”のか――そんな問いを持ちながら歩いています。

介護の入口と出口
私はこれまで、「介護の入口は認知症、出口は看取り」と伝えてきました。
高齢社会の中で、認知症はすでに社会的な関心事として定着しています。多くの人がその理解や支援に関心を持ち、研究やビジネスの分野でも幅広く議論されています。

しかし、その一方で「看取り」については、十分に語られていないのが現実です。
すべての人が認知症になるわけではありませんが、すべての人が“死”を迎えます。にもかかわらず、この「人生の最終段階の介護」が、高齢社会の主要テーマとして扱われる機会は少ないのです。

制度としての「看取り介護」
日本では2006年、介護報酬制度の中に「看取り介護加算」が設けられました。
それ以前も「重度化体制加算」という形で存在していましたが、「看取り介護」が正式に制度として位置づけられたのはこの時期です。つまり、国が“人生の終わりを支える介護”を推奨し始めてから、まだ20年にも満たないのです。

制度的には整備が進みましたが、現場や社会の意識としては、まだ十分に成熟しているとは言えません。
“看取り”をどう理解し、どう支えるのか――それは単なる医療行為ではなく、「生ききる支援」として捉える必要があるのです。

「看取り」は日本独自の文化?
私は中国の関係者ともこの話題を共有していますが、中国には「看取り」に該当する言葉が存在しません。
人の最期を指す表現として「臨終(りんじゅう)」という言葉があります。直訳すると「死に臨む」という意味です。そこに「介護」を加えると「臨終照护」となりますが、これはまだ一般的ではありません。

中国では「終末期医療」を担う病院はあっても、日本のように介護サービスの中で“最期の時間を支える”という文化や制度は整っていません。
ですから、「看取り介護」をどう翻訳し、どう伝えるかは、文化や死生観に深く関わるテーマなのです。

医療の言葉との違い
医療の現場では「ACP=人生会議」「ターミナルケア」「緩和ケア」「ホスピス」「エンド・オブ・ライフ・ケア」など、さまざまな表現があります。
しかし、これらはいずれも医療的な枠組みであり、“介護”の現場で使われると少し違和感があります。

たとえば「緩和ケア」は痛みを和らげる医療行為を中心とした考え方です。「ホスピス」は「思いやり」や「優しさ」という語源を持ちますが、やはり医療施設のイメージが強い。
一方で私が伝えたい「看取り介護」は、医療の延長ではなく、“生ききる人の生活を支える”という視点に立っています。

「生ききる支援」という新しい言葉
私は「エンド・オブ・ライフ・サポート」という言葉をよく使います。
これは「人生の最終章を支える」という意味です。単に“死を見届ける”のではなく、“最後まで生きることを支える”という考え方です。

「看取り」は“死”を連想させがちですが、本来は「生の最終段階を支援する」ことを意味します。
その人が「どう生ききるか」を共に考え、寄り添い、支える――これこそが尊厳介護の原点だと思うのです。

制度と現場のギャップ
介護報酬上の「看取り介護加算」は、看取りの期間を「3日間」「30日間」「45日間」と定義しています。
しかし実際には、“積極的治療を望まない”と判断された後も、1年、2年と穏やかに生きていく方が少なくありません。

この期間をどう支えるか。
治す医療ではなく、穏やかに生を全うするための医療と介護の連携が求められます。
つまり、「終わりを迎える支援」ではなく、「最後まで生きる支援」――これが“看取り介護”の本質です。

言葉を育てるということ
私は「いのちをつぐ看取り援助」という本を生活をI支える看護師の会会長の小林悦子さんと共同執筆しました。
この書籍は、現場で看取りを実践する看護師や介護職、施設経営者に向けて書かれたものです。
ただし、専門用語が多く、一般の方には少し難しい部分もあります。

看取りを語るとき、宗教観や人生観、家族の思いなど、さまざまな要素が絡み合います。
だからこそ「言葉」が重要なのです。
制度としての「看取り」ではなく、人の尊厳を支える“生きる支援”としての看取りを、どう言葉にし、どう伝えるか。
それを考え続けることが、これからの高齢社会における最大の課題の一つだと感じています。

「臨終照护」という中国語の挑戦
中国では今、「看取り介護」を「臨終照护」と訳す動きが出ています。
ただし、単に翻訳するだけではなく、その背景にある「生きる支援」の思想を伝える必要があります。

「死」をどう支えるかではなく、「生」の最後をどう支えるか。
日本が育んできた「看取り介護」という文化を、アジア諸国と共有し、言葉として育てていくことが、私たちの新しい使命だと思います。

これから、ここから
「看取り」という言葉は、まだ十分に成熟していません。
それでも私は、この言葉を育て、広げていきたいと思います。
人が人として最期まで「生ききる」ことを支える―
―それが、尊厳ある介護【Well-Kaigo】の本質だからです。

今日も、あなたのそばに穏やかな時間が流れますように。

↓↓↓詳細は音声配信Podcastから「ながら聴取」をしてください。

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