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【尊厳Well-Kaigo】身体拘束ゼロを決めた介護:日本の歩みと未来への提言

【多言語ブログ/末尾に中国語、タイ語、英語の翻訳文を挿入しております】
【多语言博客/文末附有中文、泰文和英文翻译内容】
【บล็อกหลายภาษา/มีคำแปลภาษาจีน ภาษาไทย และภาษาอังกฤษอยู่ท้ายบทความ】
【Multilingual Blog / Translations in Chinese, Thai, and English are included at the end of the article】

今日のテーマは、日本の介護における「尊厳ある身体拘束ゼロ」への道のりについて、深く掘り下げていきたいと思います。

身体拘束ゼロへの問いかけ:なぜ、そしてどのように?

先日、中国で認知症講座を開催させていただいた際、BPSD(行動心理症状)への対応について多くのご質問をいただきました。しかし、中国の介護施設では、日本でいう身体拘束が多く見受けられる現状があります。これは、その国の考え方や介護の歴史に紐づいているものと思われます。

そこで、日本の身体拘束ゼロへの歩みを振り返ってみると、やはりそこには確固たる歴史と理由があったのだと改めて感じます。
認知症介護におけるBPSDの改善策を考える中で、「なぜだろう、なぜだろう」と問い続けた結果、たどり着いたのがこの身体拘束ゼロという考え方でした。

日本の身体拘束ゼロの歴史的転換点
日本の身体拘束ゼロの歴史を紐解くと、いくつかの重要な転換点が見えてきます。

「縛らないケア」の提唱から制度化へ
1986年、ある病院が「縛らないケア」を提唱したことが、その後の大きな流れのきっかけとなりました。
そして、1998年には抑制や拘束の防止が提言され、介護保険が始まった翌年の2001年には、「身体拘束ゼロ」が非常に厳しく提唱されるようになったのです。

当時、私も介護の仕事をしていましたが、この身体拘束という問題に真剣に向き合っていた時期ではなかったと記憶しています。
しかし、2006年には身体拘束ゼロを実施していない施設に対して減算措置が施されるようになり、私が特別養護老人ホームを開設した頃から、実地指導の大きなテーマとして厳しくチェックされるようになりました。

尊厳を守る介護としての身体拘束ゼロ
私の介護経験を振り返ると、この身体拘束ゼロへの取り組みが介護保険制度の中に組み込まれ、現在の虐待防止へと繋がる流れの中に、日本の介護の確かな歩みがあったことを実感します。
そして、この根底には「尊厳を守る介護」という揺るぎない理念があります。

2000年に介護保険が始まった際、認知症高齢者のためのグループホームを開設したことを振り返ると、日本の介護の方針や細かなルールを決めた方々、あるいはそれ以前からこの取り組みを始めていた方々の先見の明には、ただただ感服するばかりです。
病院が始めた「縛らないケア」をきっかけに、2001年には介護保険の中で身体拘束ゼロが議論され、その方向性が明確に示されました。これは、介護保険の歴史の中にしっかりと記されています。

身体拘束ゼロを推進した人々への敬意
介護保険の中で身体拘束ゼロを誰が言い始めたのか、特定の個人が特定されることはありません。
しかし、介護保険の様々な物事を決める審議会の中で、この身体拘束が徹底的に議論され、身体拘束ゼロという方向性が示されたのです。そしてそれが、「尊厳を守る介護」として実行され、実地指導の大きなテーマとなり、現在の虐待防止法、さらにはその手前の「不適切なケア」へと繋がっていくことになります。

私は、日本の介護がこの身体拘束ゼロを改めて認知症介護の入り口として捉え直してみると、日本の介護を検討した方々は本当に素晴らしかったのだと痛感します。介護保険が始まった頃から、「尊厳を守る介護」であるべきだという考えが根底にあり、縛らない、閉じ込めない、抑制するといった行為をやめようと議論されていました。

例えば、ベッドからの転落防止のための四点柵や、車椅子からのずり落ち防止といったことに対しても、徹底的に議論し、方向性を示し、「身体拘束ゼロ作戦」というガイドラインを作成し、実行していったのです。
これは、日本の介護、あるいは日本の介護保険の歩み、そしてそれを議論し、仕組みにした方々の思考、目指したことに対して、本当に尊敬の念しかありません。

身体拘束ゼロがもたらした介護の進化


私自身も、なぜベッドの四点柵がいけないのか、その代替案も原則認めないという中で議論を始めたことを振り返っています。
縛る、鍵をかけて閉じ込める、といった行為は比較的理解できましたが、ベッドから落ちないように四点柵をするという行為がなぜいけないのかは、極めて不思議で、極めて難しい問題でした。

しかし、そこから低床型のベッドが開発されたり、床材がPタイルから絨毯やフローリングに変わっていったり、あるいは緩衝マットやセンサーなど、様々なものが開発されていきました。そして、転落を防ぐための介護の気づきや視点も変わっていったのです。
日本の介護が「尊厳を守る」という理念のもと、身体拘束をゼロにしていこうというこの「作戦」や「発信」が、非常に大きな影響を与えたと私は思います。

そして、それが認知症介護のBPSD(行動心理症状)への対応策の基本になっているのだと改めて整理してみると、「すごいな」と感嘆せずにはいられません。

国際社会への提言:日本の経験を活かす
この日本の経験を、中国の皆さんと議論したり、認知症講座で情報提供したりすると、非常に理解が早いようです。ただし、やはり介護施設に行ってみると、日本では行っていない身体拘束という風景がたくさん見受けられます。そして、それにあまり疑問を抱いていない現状もあります。

しかし、認知症の方が増え、BPSDへの対応についてそのやり方を教えて欲しいとアドバイスを求められる中で、「何か変だな」と感じることが増えました。例えば、大声を上げる、物の取られ妄想がある、暴力行為がある、帰宅願望がある、徘徊が始まる、といったBPSDに対して、それを理由に身体拘束を行っているケースもあります。

しかし、BPSDは中核症状によって起きる行動心理の変化です。私は、身体拘束をゼロにすることを整え、介護の基本、つまり言葉遣いや目線、表情、服装、距離感といったものをしっかりと基本的な介護の中に取り入れ、それが実現できた上で、さらに次のステップに入っていくのが今なのではないかと考えています。

BPSDへの具体的な対応と環境整備
環境を整えることも非常に重要です。例えば、4人部屋や2人部屋で転倒しないように、何も置かない、という環境は住環境の問題でもあります。
しかし、そういった中で行動が不適切になったり、他人に迷惑をかけたり、ご自身が辛そうになるようなBPSDを改善して欲しいと言われたら、まずカーテンをきちんと閉めること、そしてここがどこか分かるような物を置くことなどが挙げられます。もちろん、その中には安全性というものが組み込まれてきますが、安全性を理由に何も物を置かない環境にずっといたら、やはり心理や行動は変わってしまいますよね。

ここで、視聴者の方から「BPSDって何ですか?」というご質問をいただきました。BPSDとは、かつて認知症高齢者の方々に対して「問題行動」や「周辺症状」と言われてきたことを、包括的に表現する言葉です。差別用語やネガティブな言葉を使わないようにするために使われています。BPSDは、認知症の記憶障害や見当識障害といった中核症状によって、高齢者の方々の行動や心のあり方が変わることを指します。

身体拘束の具体例と代替策の探求
例えば、おむつ外しを防ぐための「つなぎ服」や、経管栄養のチューブを抜かないようにするための「ミトン」なども、身体拘束の一つと捉えられます。
かつては当たり前のようにつなぎ服を着せていた時期や施設も多く見受けられました。しかし、つなぎ服は身体拘束であり、痒いものはちゃんと手を入れて掻けるようにするのが人間らしい、という考え方が広まっていきました。

経管栄養の例で言えば、鼻の中にチューブが入っていると、決して心地が良いわけではありません。
それを抜こうとする行為がBPSDとして現れると、栄養を入れられなくなるという視点から、抜かないように手にミトンをはめる、ということが行われていました。しかし、これは行動を制限する身体拘束です。

尊厳ある介護への問い直し
視聴者の方のコメントにもありましたが、「拘束するより、それが起きる原因に対して手を打つ」ということが重要です。先日、中国で経管栄養の方にミトンをしている方が、チューブを外さないようにする方法を教えて欲しいと質問を受けました。一緒に考えたのですが、やはり「人が嫌がることはやらない」というのが基本です。

ですから、簡単に言えば、経管栄養ではない方法を考えるべきではないでしょうか。口腔ケアを通じて、その人の飲み込む、食べる、咀嚼する、といった能力をしっかりと見極め、それに合わせた食事介助ができるとしたら、まず経管栄養をやめられないかを議論していくべきです。そこから変えていかないと、つけたものを外すから外さない方法を教えてくれ、という形では、また別の身体拘束を作りかねません。

もちろん、食べる能力や嚥下能力が落ちていく時は、重要な介護のポイントになります。しかし、今日本では、嚥下機能の評価に対する様々な方法が考えられ、実行されています。食事形態にとろみをつけたり、ゆっくり食べていただいたり、あるいは台所の環境を整え直したり、食事介助のやり方を介護職員と改めて議論したり、そしてそれを家族に納得していただくための家族との勉強会をしたりと、様々なことをしています。

看取り介護と倫理的な選択
そして、その先にしっかりと作り上げているのが、やはり「看取り介護」というステージです。口から食べることが難しくなり、身体拘束もできない、しないとなった時に、他に何があるのだろうか。人生の終末期、そろそろ人生が終わるので食べられないとしたら、そして身体拘束だとか、あるいは事故に繋がらないようにするためには、やはり命をかけて口から食べる時に、そこは看取り介護のステージに繋いでいく必要性を私たちは考え、看取り介護も一緒に築き上げてきました。

これは、介護保険の中で身体拘束ゼロという方針と連動するかのように、口腔衛生管理体制加算や経口維持管理加算、そして看取り介護加算といったものが、介護報酬の加算の中に組み込まれ、非常に厳しい制限とチェックを受けながら実行されているのが日本の介護です。

これは延命の問題とも深く関わってきます。経管栄養をするくらいなら、胃ろうをして何の意味があるのか、という議論も出てきます。その胃ろうというものも、本人の状態と本人の意思、それから家族の意思や考え方、そしてそれを提供する施設側の方針と、一人ひとりの技術、能力、制度、倫理観、選択肢の提供など、様々なことを議論して、日本の今の介護というものは構築されています。

例えば、私が老人ホームにいた時に、経管栄養をして完全に植物状態、意思表示もできない方がいました。胃ろうでお腹から栄養を入れて、5年間生き続けた方がいました。そして家族も途中で外して欲しいと言われたけれど、一度つけたものは外せないという状況でした。これが広い意味での命の尊厳に関わる問題です。

そういったものをつける時に、しっかりと議論して、その先にあるものはどういうことなのか。それが国がやめろと言っている身体拘束だとか、虐待に繋がらないのか。個人の尊厳というものを、意識もない状態で5年間もお腹から栄養を入れていくことが、果たして人権を守ることなのか。本人の希望だったのか。家族の同意というものはどのように取られたのか。誰が専門的にそれを説明したのか、というところが問われたのです。

そして、そのような議論の中で、介護福祉士にも経管栄養の特定の技術を勉強すればできるようになる法改正もありながら、様々な選択肢を増やしながら、やはりこの看取り介護のあるべき姿を構築してきた、という感じですよね。

これから、ここから〜日本の介護の知見をアジアへ
「なるほど。やはりそうなんですね。」というところです。日本の多くの方々がこれを理解していただいているかどうかという課題もありますが、ただ日本はもう制度になっていて、その解釈力と実行力の問題です。しかし、まだその議論の入り口に立ったばかりの中国のような国があります。
安全ということを重要視して、日本でいう身体拘束をまだまだたくさんしている介護施設があるという海外の介護が必要な社会の入り口を見ると、そこに認知症介護という問題があった時に、「BPSDはあなたたちが安全重視でやっている身体拘束が、この方々の行動や心理を変えていないですか?」というところを、どうしてもこちらから問い直さなければなりません。

そして、それをどちらを選ぶのか。嫌なものはやらない。やらないんだったら、どういう方法で介護の質を上げていきますか?技術を身につけていきますか?それを日本からこういう情報提供をすることが我々はできるのです、というようなことを、今試行錯誤して身体拘束を紐解いています。

諦めないで伝えていく!
中国の人からも、「日本と中国は違うんだ」とか「文化が違うんだ」とか、あるいは「制度がないんだ」と言われますが、私の話に、「そういう話を聞きたかった」「日本のそういう葛藤と歩みから我々は学びたいんだ」という人たちが、少しずつ少しずつ増えていることを感じています。

日本の介護、今日のテーマである身体拘束、そして認知症のBPSD、そして尊厳ある介護を日本からアジアに伝える、そういう時代に入っったのです。

日本でも、車椅子の方で徘徊する方を食事中に多くの壁と机で囲ったようにしている現場を見たことがあります。
微妙ですが、簡単に言うと、身体拘束の一部と見て、これ指摘されると調査が入り、改善命令が出るはずです。これは、家族がそういう風に希望しても、実は身体拘束ゼロは認めていないのです。そこが介護技術、介護理念の差だろうと、これを見極めるのも難しいですが、結局その安易な判断は、高齢者の生活状況に影響を与え、介護職員のこの介護という仕事に対する価値というものを、逆に言えば阻害していく原因になっているということも、私は見てきました。

本日も暑い日になりますが、どうぞ一日お過ごしください。またお会いしましょう。

ありがとうございました。

↓↓↓詳細はPodcastから「ながら聴取」をしてください。

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