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【尊厳Well-Kaigo】認知症を「伝える」ことから見えてくるもの

【多言語ブログ/末尾に中国語、タイ語、英語の翻訳文を挿入しております】
【多语言博客/文末附有中文、泰文和英文翻译内容】
【บล็อกหลายภาษา/มีคำแปลภาษาจีน ภาษาไทย และภาษาอังกฤษอยู่ท้ายบทความ】
【Multilingual Blog / Translations in Chinese, Thai, and English are included at the end of the article】


〜現場の声と家族の戸惑いに耳をすませて〜

ウエルエイジング・アワー対談版
(対談者)田村武晴/日本ウエルエージング協会理事・おうちデイ新聞発行責任者

認知症の「伝え方」に悩む時代
今回は「認知症を伝えて気付くこと」というテーマでお届けします。
介護の現場に身を置く私たちが、認知症という病気をどう伝えるか。これは実はとても繊細で、かつ重要な課題です。単なる知識の伝達ではなく、そこには家族の戸惑いや、受け止め方の違いが交錯しています。

家族が最初に直面する“変化”


認知症の始まりは、往々にして「いつもと違う」という家族の違和感から始まります。
「2週間前と別人みたい」「急に母が変わってしまった」といった驚きと不安の声が、LINEやメッセンジャーなどを通じて私のもとにも届きます。

こうした相談は、昔の友人や知人、介護にまだ関わっていない人から届くことが多く、「どう受け止めていいのか分からない」という率直な思いが詰まっています。認知症を知る第一歩は、こうした家族の気づきと心の変化に寄り添うことなのです。

現場に届けたい「答えではなく、プロセス」
介護に関わる専門職には、「どうしたらよいですか?」という具体的な問いが寄せられます。しかし、認知症への対応は一律の正解がありません。「なぜそうなったのか?」「どう接すれば良いのか?」という問いに対して、私たちは「ディスカッションを始めること」をまず提案します。

診断名、生活環境、本人の過去や性格、薬の副作用――さまざまな要因を集め、議論し、仮説を立てて、試して、また見直す。これこそが実践的な認知症ケアの方法なのです。

海外で感じる「伝え方」の難しさ
私が最近中国で講座を開いた際、「物取られ妄想への対応策を教えてほしい」といった具体的な質問が多く寄せられました。ですが、私の答えは一貫しています。「個別の背景が分からないと、答えは出せません」と。

具体策を示さないと「価値がない」と受け止められる現実にも直面しました。日本では議論のプロセスを重視しますが、まだその文化が根づいていない場所では、「答えを示せ」が先に来てしまう。このギャップに悩みながらも、「答えではなく、考え方を共有すること」が重要だと伝えてきました。

家族こそが“混乱の発信源”になることも
現場では、「家族が来た後にBPSD(行動・心理症状)が強まる」というケースも珍しくありません。混乱している家族が混乱をそのまま認知症の本人に伝えてしまうのです。

たとえば、「お母さん、私が誰だか分かる?」という試す確認行為。本人が答えられないと、「もうダメだ」と感じてしまい、そこから大声や暴力的行動につながることがあります。

このようなケースから学べるのは、「家族教育の重要性」です。介護施設の中で何が起きているのか、どんな関わり方が望ましいのかを家族に伝えることが、BPSDの予防にもつながります。

環境がBPSDを引き起こす場合もある
ある施設では、毎朝9時ごろに混乱が多発するという事例がありました。原因を探ると、朝の食事後、職員が食後の特定の方の口腔ケアや記録に追われ、その他の入居者が放置されがちな時間帯だったのです。

光の差し込まない部屋、狭い4人部屋、安全を重視した何も置かない味気ない環境――これらはすべて“環境による拘束”と言えるかもしれません。そして、その結果として現れるBPSDは、まさに環境の声なのです。

「身体拘束ゼロ」が支える尊厳ある介護
日本の介護施設では、今や身体拘束ゼロが基本です。手袋やベッドの柵、車椅子の固定ベルトも使わず、それでも安心・安全を確保できるレベルに到達しています。

この背景には、身体拘束がBPSDを引き起こす要因になり得るという深い理解と、長年の試行錯誤があります。逆に言えば、BPSDを減らすためにはまず「身体拘束をやめる」ことが根本的な一歩なのです。

伝えたいのは、「譲れない哲学」

日本から中国へ、認知症ケアを伝える際に私が強く意識しているのは、「押しつけないけれど譲れない」哲学です。

日本が基準としている身体拘束をなくす、日本式の丁寧なケアを伝える、そのためには介護の基本に立ち返り、「認知症ケアとは何か」「尊厳を守るとは何か」を一緒に考えていく必要があります。

経験を共有し、試してもらう
大切なのは、正解を提示することではなく、「事例を共有し、実際に試してもらうこと」です。
うまくいかないことがあるなら、それは「まだ何かが足りない」のです。

だからこそ、経験豊富な専門職が事例を示し、「こう関わったらBPSDが軽減した」という実感をもとに伝えていくことが、これからの国際的な認知症ケアにおいても求められているのだと感じています。

認知症を諦めないためにコツコツと歩んでいきますので、ぜひご支援ください。
そして共に考え、共に創っていきましょう。

↓↓↓詳細はPodcastから「ながら聴取」をしてください。

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