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【尊厳Well-Kaigo】安全という名の鎖

【多言語ブログ/末尾に中国語、タイ語、英語の翻訳文を挿入しております】
【多语言博客/文末附有中文、泰文和英文翻译内容】
【บล็อกหลายภาษา/มีคำแปลภาษาจีน ภาษาไทย และภาษาอังกฤษอยู่ท้ายบทความ】
【Multilingual Blog / Translations in Chinese, Thai, and English are included at the end of the article】


―「守る」ことと「縛る」ことの狭間で考える介護の尊厳―

こんにちは、利久です。
今日のテーマは「安全という名の鎖」です。

東京・隅田川沿いは風が強く、今日は屋内からお届けします。秋の気配が漂うこの季節、ふと「安全」と「自由」の関係について考える時間を持ちました。介護の現場では「安全のために」という言葉をよく耳にします。しかし、その「安全」が、いつの間にか「人の自由や尊厳を縛る鎖」になっていないか——。今日はそんな問いを共有したいと思います。

安全を守ることの意味とは


介護における「安全」はとても重要です。
転倒を防ぐ、誤嚥を避ける、事故を未然に防ぐ。これらはすべて命を守るための大切な視点です。

しかし、「安全」を最優先するあまり、行動の自由を奪ってしまうこともあります。
たとえば、「転ぶと危ないから歩かせない」「外出すると心配だから家から出さない」。
そうした“過剰な安全”が、結果として生きる力を削いでしまうことがあります。

病院でも同じような状況があります。誤嚥性肺炎を防ぐために一時的に食事を止めることがありますが、長期間になると「食べる」という機能そのものを体が忘れてしまうこともあります。
つまり、安全を守るための選択が、別のリスクを生むことがあるのです。

「安全」という名の支配
安全を守ることが目的のはずなのに、それが「支配」に変わってしまうことがあります。
「危ないから立たないでください」「それでも立つならベルトをします」。
こうした言葉は、一見正しいように見えますが、本人の尊厳や意思を奪う可能性を秘めています。

介護とは“守ること”と“支配すること”の間で常に揺れ動く仕事です。
私たちは介護技術だけでなく、その背景にある“介護の思想”を大切にする必要があります。
安全を守りつつも、自由と誇りを失わせない。そこにこそ「尊厳ある介護(Well-Kaigo)」の本質があるのです。

家族の願いと専門職の責任
「転ばせないでください」「痛い思いをさせないでください」。
家族の言葉には、深い愛情と不安が込められています。
その思いを否定することはできません。

しかし、介護専門職としては、その願いが本人の自由を奪う結果にならないよう、もう一つの選択肢を提案しなければなりません。
リスクを完全にゼロにすることはできませんが、リスクを理解したうえで“生きる自由”を支える方法を一緒に考える。
それが、私たちの専門性なのです。

マズローの欲求階層で見る「安全の位置」
心理学者マズローの欲求階層説を思い出してみましょう。
人の欲求は5段階に分かれています。

生理的欲求(食べる・眠る・排泄する)
安全の欲求(安心して暮らしたい)
社会的欲求(誰かとつながりたい)
承認の欲求(自分を認めてほしい)
自己実現の欲求(自分らしく生きたい)
安全の欲求は確かに大切ですが、そこにとどまってしまうと、
人は「つながり」「承認」「自己実現」へと進めません。

介護施設に入ると、まず「食べる」「排泄する」といった基本的な生活が安定します。
次に「転ばないように」「安心して過ごしたい」といった安全欲求が生まれます。
しかし、そこから先が本当の介護の出番です。
「みんなと食事をしたい」「自分の意見を聞いてほしい」「誰かの役に立ちたい」。
この“上位の欲求”に応える支援が、「尊厳ある介護」なのです。

寝たきりからの第一歩
私が訪れたアジア各国では、いまだに多くの高齢者がベッド上で生活をしています。
日本もかつてはそうでした。しかし、日本の介護はそこから進化してきました。

ベッドから椅子へ。
椅子から食堂へ。
食堂から仲間の輪へ。

こうして少しずつ生活の範囲を広げていく中で、人は再び「生きる意欲」を取り戻します。
「また歩きたい」「誰かのために何かをしたい」。
その気持ちこそが、マズローの言う“自己実現”の始まりです。

「体の拘束」から「心の拘束」へ
2001年、日本は「身体拘束ゼロ」を打ち出しました。
それは、介護を“管理”から“尊重”へと変えた第一歩でした。

そして今、私たちは次の段階、「心の拘束を解く時代」を迎えています。
体をほどき、心を解く——それが「第二の介護革命」です。

「安全だから」といって心まで縛らない。
「守ること」と「自由を支えること」をどう両立させるか。
この問いに向き合い続けることが、尊厳ある介護の未来をつくります。

安全という名の“見えない鎖”
安全とは、時に目に見えない“心の鎖”です。
「匂いがするから近寄らない」「食べられないから諦める」「外出できないから生きがいがない」。
これらもまた、心を縛る“見えない拘束”です。

私は「安全」という言葉の裏に隠れたこの鎖を、一つひとつ解きほぐしていきたいと思います。
嫌な匂いのない環境をつくり、自由に食べ、出かけ、自分を表現できる暮らし。
それこそが、尊厳を支える“真の安全”ではないでしょうか。

これから、ここから
「安全という名の鎖」を断ち切るには、私たち一人ひとりの意識の変化が必要です。
介護とは、ただ“守る”ことではなく、“生きる力を引き出す”こと。
そのために、体の自由、心の自由、そして人生の選択を支える介護を目指していきましょう。

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