エイジング=Agingの入口は「老い」を知ることです。
「老い」とは?
その歴史を紐解いてみましょう!
老醜
一般的に「老人」や「Aging=老い」のイメージは良くありません。「老醜」という言い方もあります。
なぜ? ずっとそうだっのか?
エイジングの歴史を紐解いてみましょう。
「老醜」という言葉は、老いや老人に関するネガティブなイメージを象徴していますが、歴史的に見ると、老人に対する態度は時代や文化によって大きく異なってきました。
古代文化における老人の地位
古代の多くの文化では、老人はその経験や知識が尊重され、部族やコミュニティの指導者としての地位をしばしば与えられました。例えば、古代ローマではセナト(元老院)が政治的な意志決定の中心であり、「senex」(ラテン語で老人)から名付けられたこの制度は、高齢者の知恵が重要視されていたことを示しています。
また、中国では儒教の影響により「孝」(親に対する敬愛)が強調され、老いることが尊敬されるべき自然な過程と見なされました。老年を迎えることは、家族や社会から尊重と敬愛を受けることを意味し、高齢者は家庭内で重要なアドバイザーの役割を果たしました。
中世から近代への変化
しかし、中世ヨーロッパでは時として、高齢者は社会の負担と見なされることもありました。特に都市化や産業化が進む中で、高齢者の地位は徐々に低下し、彼らはしばしば貧困層に陥ることがありました。
19世紀になると、西洋社会では産業革命とともに家族構造が変化し、核家族化が進みました。それに伴い、高齢者が家庭内で持っていた役割や地位も変わり、彼らはしばしば孤立感を覚えるようになりました。
近現代の老人観
20世紀に入ると、特に先進国では社会保障の整備が進み、高齢者の生活の質は改善されました。しかし、長寿化が進むと同時に、「老醜」という言葉が象徴するように、見た目の衰えや機能的な衰退をネガティブに捉える傾向も強まりました。
アンチ・エイジング終焉の時代へ
2017年にアメリカの女性誌「Allure」は、その編集方針の一環として「アンチ・エイジング」という言葉の使用をやめると宣言しました。この決定は、年齢を重ねることに対する社会的な認識を変え、老化に対する肯定的なイメージを促進するための重要なステップとされました。
背景と目的
「Allure」誌のこの方針変更は、老化を恐れるのではなく、それを祝福し受け入れるという新しい視点を提供しようという意図から行われました。編集長のミシェル・リーは、公式声明や編集者の手紙の中で、老化は避けられない自然なプロセスであり、それに対するネガティブなスティグマを助長する言葉を使うべきでないとの立場を表明しました。彼女は、「アンチ・エイジング」という言葉が、年齢を重ねること自体が何か問題があるかのような印象を与えてしまうと指摘しました。
社会的影響
「Allure」のこの動きは、美容業界だけでなく、広くメディア業界においても注目されました。この決定は、特に女性の美に対する期待と、年齢に関連したプレッシャーに疑問を投げかけるものであり、多くの支持を集めました。また、他の出版物やブランドに対しても、言葉の選び方とメッセージングにおいてより配慮深くなるよう影響を与えました。
継続的な議論
この宣言は、老化に関連する言葉遣いだけでなく、社会が高齢者をどのように見るか、またそれにどのように対応すべきかについての議論を促進しました。老化のプロセスをポジティブに捉え、それを支持する製品やサービスの開発を進めることが重要であるという認識が広まりつつあります。
アンチ・エイジングからウエル・エイジングへ
「Allure」誌の「アンチ・エイジング」言葉の廃止宣言は、美容業界における言葉のパワーと、社会的な規範に対するメディアの影響力を浮き彫りにした出来事でした。これは、老化に対するより肯定的で健康的なアプローチを促進する一助となり、今後も老化に対する新しい理解とアプローチが模索されるきっかけとなっています。
私たちはウエル・エイジングという思想を広げる活動を継承してきました。
その考え方を組み立て、伝えていきたいと思います。
広まってきたウエル・エイジング
今日では、老いに対する認識は再び変わりつつあります。多くの社会ではアクティブシニアの増加や生涯学習の普及など、高齢者が積極的に社会参加を果たす機会が増えています。また、「ウエル・エイジング」の概念が広がり、老いを積極的で健康的な過程として捉え直そうという動きが広がっています。
これから、ここから
老醜から始まった老人の歴史は、社会や文化の変化とともに進化してきました。
これからの社会では、高齢者が持つポテンシャルと人間としての尊厳を再評価し、より積極的なエイジングを支援することが求められています。
それでもエイジングが不安になったらいつでもお問い合わせください。
ひとりで考え込まないことです。
コメント